初回記事①息子に会いたい
前回記事㊴試合用のトランクス
会長「試合相手探してるから。いつ試合が決まってもいいように準備しとけよ。」
準備と言ってもひたすら練習するしかないし、これと言って変わったことをすることもない。
ひたすら全力で毎日を過ごしている。
そろそろ試合できるレベルになってきたと思う反面、試合の怖さを感じているせいで練習ばかりの状態がずるずる続けばいいのにとさえ思っている。
でも試合をしないとこの生活を終わらせることはできない。気持ちは複雑!!
準備しておけと言われて半年近くが過ぎたある日、
会長「岡橋、試合決まったぞ!!」
ついに来た。
この言葉を聞いた瞬間、ずるずる続けばいいと思っていた気持ちが急に引き締まる。
時期は8月8日。試合までは約一か月半。
夏真っ只中。汗が噴き出る季節だから減量はしやすい。
階級はフェザー級(57㎏)
これはほとんど知られていないが、試合はその都度どの階級で戦うかを対戦相手側のジムと交渉する。
同じ選手でも今回はフェザー級だが、次回はスーパーバンタム級、そしてその次はまた別の階級なんてことがよくある。
この話を聞いたときの体重は62㎏、
57キロは中学生の時以来の体重だ。もう一度この体重になるには5㎏も落とさなければいけない。
500㎖のペットボトルが10本分。
普段から絞り続けている自分の体のどの部分にそんな肉が付いているのか。試しにペットボトルを2本お腹にくっ付けてみる。
2本分が体からゴソっと削り取られたことをイメージするだけでも恐ろしかったが、さらにもう8本。


落とすところが見当たらない。ほぼ皮と肉。
しかしまだ時間はある。この段階ではまだ体重を落とすことを考える必要はない。それよりもスパーリングなどの実践練習を多くし、とにかく技術力向上に全力を注ぐ。
5キロくらいなら最後の2週間でどうにかしていくものらしい。
本当か??
でも先人達のアドバイスを信じてスパーリングをたくさんすることにした。
そんな時にアクシデントが起きた。
スパーリング中、2ラウンド目に右わき腹に激痛が走る。
今までボディーに自信があったのでガードはせず打たせていた。
なのに今回のボディーは珍しく効いた。ものすごく効いた。しかしこの痛さはなんだ。単にボディーを打たれただけの苦しい痛さではない。
その痛みを感じた後、あまりの痛さに思わずガードが下がる。
これはやばい、いったん下がらねば。
ついさっきまで互角に殴り合っていたのに、こちらの攻撃の意志が少し消えたのだろう、相手はそれを察して徐々に攻めに転じ始めた。
映像ではわからないが、1:12あたりにもらったパンチを境に展開が変わり始める。
こういうわずかな殺気の変化は殴り合っている者同士にしかわからない。
4ラウンド目になると完全にボディーを嫌がって攻撃できていない。
この痛みは一体なんだ。
今までこんな痛みを味わったことが無い。
スパーリングが終わり、リングを降りると痛みで立てない。
ずっとうずくまっている。直感でこの痛みはしばらく消えないだろうと思った。
翌朝、案の定右わき腹の痛みは全く消えていなかった。もう起き上がりたくない。
しかしこの日は体のメンテナンスの為に整骨院を予約していた。
できれば家で休養したかったがとりあえず向かう。
道中痛みのせいでずっと前かがみ。
駅から遠い、こんなに遠かったっけ?足が前に出ない。家で休んでおけばよかった。芦屋の町はなんでこんなに坂道が多いのだ。
腰の曲がったおじいちゃんのような歩き方で先生のもとに向かった。
「先生、昨日のスパーリングからずっとわき腹が痛いです。」
先生「ちょっと診せてみ、あぁ、これ折れてしまってるね、下の方にある小さな肋骨が折れてるんだよ。よくここまで来れたね。3週間あれば骨はくっつくからそれまで安静にしとき。スパーリングはしたらあかんよ。コルセットだけ渡しとくわ」
やってしまった。まさか折れてるとは。

肋骨が折れると治療法が無いらしい。
安静にするしかない。更にレントゲンでも折れていることを確認しにくいんだとか。
病院に行ったところでできることが無いらしいのでいったん家に帰る。
折れていようがいまいが痛くて運動できない。
試合は8月8日、この日は6月末
ほぼ実践練習できないまま、骨がくっついた頃には本格的な減量が始まる。そして練習量も落としていく。
やってしまった。
なかなか思うように物事って進まないものだ。
※ボクササイズの個人レッスン受け付けてます。参考動画載せてます。
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