二人のチャンピオン
私のジムには日本チャンピオンが2人いた。
1つのジムに2人もチャンピオンがいたのだから、所属していたジムは名門と言っても良いだろう。
日本トップの選手と一緒に練習できたのはとても幸運だった。
この二人は練習に取り組む姿勢が全く違う。
1人目は短時間集中型のチャンピオン
2人目は寝ている時間以外は練習ばっかりしてるチャンピオン
今日はこの2人を紹介したい
一人目の短時間集中型のチャンピオンはとにかくトレーニングぎらいだ。
朝練には必ず遅刻してくる。そしてみんなより少ないメニューをこなして帰っていく。
私たちの朝練メニューはダッシュがほとんどで、
公園の外周600mのダッシュを6回ほど繰り返すのだが、
3回ほど外周を走るとチャンピオンが帰ってこなくなる。
待ってても仕方がないので4回目のダッシュをスタートをする。
チャンピオンいったいどこに行ったんやとキョロキョロしながら走っていると、「ウォーーー!!」という叫び声と共に木陰からチャンピオンが現れた。
俺は負けんぞーー!!!っと言って元気よく走り出すがすでに一周遅れである。
遅刻した上に、練習をサボるチャンピオン。
練習の最後には必ず、「ボクシングなんか走れても意味ないねん!!リングの上でダッシュなんかせえへんやろ、走る筋肉とボクシングの筋肉は違うんや」
と言い訳し出す。
こんな練習をしているのだから、走るのは誰よりも遅い、そして持久力もない。
ボクシングを始めたばっかりの私に足で負けていた。
なのに一度リングに立つと、誰よりも動きが早く、誰よりも運動量が多いのになかなかバテない。
「走れても意味ないねん!!」って言葉にどこか説得力を感じる。
練習中もトレーナーから「サンドバッグ何ラウンド打ったんや」と聞かれて
「7ラウンド打ちました!!」と元気よく答えるが、実際は5ラウンドしか打ってない。
担当のトレーナーが来ない日は練習を必ず休む。
トレーナーが遅れてやってくる日は、トレーナーが来るまで練習を中断。
しばらくしたら頭から水をかぶり、来たと同時に練習再開。
「ウォーーー」叫びながらサンドバッグ打ち、汗びしょびしょになるまで練習していたふりをする。
サンドバッグ連打の練習をしている時は、トレーナーが目を離すと「ウォーーー」と叫んではいるものの、パンチに全然力がこもっておらず、サンドバッグをほぼ触っているだけ。
とにかくサボる。
そういえば筋トレしている姿を見たことがない。
私がトレーニングしているのを見て、
すげーな、すげーな、めっちゃ頑張るやん!!
っていつも感心してた。
このチャンピオンがよく言っていた言葉がある。
「抜くのは大事。」
これまた妙に説得力を感じる。
2人目のチャンピオンは1人目と違い、とにかく練習量が多い。
「僕は日本一練習量をこなしているから日本一になれたんです」
この言葉通り練習量がえげつない。
朝起きてからまず10km走る。
家に帰って2,000回の腹筋
昼から10kmまた走る
しかも普通に走るのではない。
鉄アレイを持って走るのだ。
毎日ハーフマラソンの距離を鉄アレイを持ちながら走る。
トレードマークは金髪。
その独特な姿で毎日走り続けているものだから、
いつしか近くの小学生やおじいちゃんたちに
「金髪で毎日鉄アレイ持って走ってる兄ちゃん」と言われるようになった。
少なくともそんな奇妙な人は僕の近所に住んでいない。
ランニングを終えると早めにジムに来て練習を始め、誰よりも遅く練習を終える。
でも家には帰らない。
ボクシングジムの近くにあるフィットネスジムでさらにトレーニング。
これを毎日こなす。
なのに故障もなければ体調不良もない。
これを毎日欠かさず続けていたので、
ジムにいる全員がこのチャンピオンを人間と認めていなかった。
ある日、たった一度だけこのチャンピオンが練習を早めに切り上げたことがあった。
会長が「どうした?珍しいな」と問いかけると
「今日は疲れが溜まってます、なので練習早めに切り上げます」とちょっとしんどそうに答えた。
その瞬間、ジム全体がマスオさんのように驚いた。
えっ、疲れるんや。チャンピオン疲れることあるんや!!!
冷静に考えたら当たり前なのであるが、それくらい毎日ハードトレーニングを欠かさない人だったのだ。
このチャンピオンの口癖は
「最高!!」である。
何を聞いても、最高!!としか返って来ない。
今日の調子は?
最高!!
嫁さんどんな人ですか?
最高!!
今日新しいシューズ買ったんですよ
最高!!
明日雨みたいですね
最高!!
最高!!を連発している量もきっと日本一。
朝から晩まで連呼している姿を見ていると、
最高!!という言葉はきっとこの人が発明したのではないかと思う。
しかもつまらないダジャレまで連発する始末。
「血液型は?」
「O型です。チャンピオンは?」
「おれガタガタ!! 最高!!」
これで本気で笑いをとりに来る。きっと試合で殴られすぎたのだ。
結局最後までチャンピオンの血液型はわからなかった。
ボクシングをしている人はどこか性格が振り切れている!
個性が強すぎるのだ。
ボクシング漫画に「はじめの一歩」がある。
タイトルくらい聞いたことがある人は多いだろう。
出てくるキャラクター全てが個性的だが、あの漫画の世界が現実に存在するとは思わなかった。
レンタカーを借りて、期限内に返さず2ヶ月くらい乗り回して、気が向いた時に深夜に店の前に乗り捨てることを繰り返してたせいで、
ブラックリスト入りしてレンタカーを利用できなくなったボクサーとか、
6ヶ月くらい家賃を滞納し、そのまま引越して家賃を踏み倒すボクサーとか、
妹が大好きすぎて、妹がシャワー浴びてるところに何回も入り込んできゃーーーって叫ばれた話を出演したテレビ番組でうれしそうに公表するボクサーとか、
今から風俗行くから近くまで車で送ってくれへん?って彼女に頼むボクサーとか、
とにかくぶっ飛んでる人が多かった。
こんな個性的な人たちに囲まれて練習しているものだから、
銀行員をやめて30代からボクシングをするなんて経歴は、そんな大したことじゃない。
ぶっ飛んでる人たちといることがとても楽しく、真面目に生きなくてもいいんだと肩の力を抜けるようになった。
このジムで学んだことがある。
個性を殺して社会に溶け込み調和を図ろうとするよりも、
個性を受け入れてくれる環境を探す方が自分は幸せになれる。
自分の子供にも、個性全開で自由に生きてほしい。
そうなって欲しいからこそ、まずは自分が個性全開の自由な生き方をする。
子供は親を見て育つ。
タバコを吸ってる親からタバコを吸うなと言われても説得力がないし、
高学歴でいい会社に入ったのに、帰ってきたらいつもしんどそうな顔してる親から、
勉強しないと幸せになれないぞと!と言われても勉強をする大切さなんて理解できない。
幸せになって欲しいなら、
自由に生きて欲しいなら、
楽しく生きて欲しいなら、
まずは自分がそうなることが必要だ。
子供が例え30歳になろうが、50歳になろうが、
何歳になっても親はいつでも子供の見本だと思う。
いつか子供が合いに来た時、楽しく生きてる自分を見せたい。