初回記事①息子に会いたい
前回記事㉟楽天経済圏
プロライセンスを獲得して1年以上が過ぎた。
プロになってからコロナが始まり、世の中の試合数は激減。
プロになったらすぐに試合のオファーが来る。だからいつでも試合できるよう準備しておくようにと言われていたが、1年半が経過した今も一向に試合ができそうにない。
更に自分を担当してくれていたトレーナーが本業の職場から副業を禁止された。世の中のほとんどのボクシングトレーナーは副業としてトレーナーをしている。
自分の担当トレーナーも副業でボクシングトレーナーをしていた。
職場自体は副業OKなのだが、さすがにコロナの時は事情が違う。菌を持ち込まれると職場全体に支障をきたす。
担当トレーナはある日急に練習に現れなくなった。指導者がいなくなり、自分の動きや今取り組んでいることが正解なのか間違いなのか、成長しているのかしていないのか、何もかもが全くわからないまま毎日を過ごす。
心のどこかに放ったらかしにされた気持ちを抱えながら一人でいつも練習していた。
そうするとだんだん虚しさがわいてくる。
ジムも蔓延防止対策のたびに休館と再開を繰り返す。練習がまともにできない日々。
正直今の自分はフリーターと何が違うのだ?
フリーターになるために銀行を辞めたわけではない。
周りの友達は自分の倍以上の年収を稼ぎ、結婚し子供もいる。外食したり旅行したり、
自分の生活とは真逆。
もうすぐ30歳半ば。朝からセブンイレブンにアルバイトに行き、それが終わったら一人でランニングをしてシャドーボクシング。
日々になんの進歩もない。
ジムが閉まっている期間も一応ランニングは続けるが、一体自分は何をしているのだろうか。
そもそも試合に出たいという気持ちも強かったわけではない。一番最初にしたかったことはライセンスを取ること。
少なくともそれはもう達成できた。十分頑張った。そろそろいいかな。
ジムが再開し、またサンドバッグを打つ日々が始まった。
練習にもだんだん身が入らなくなってくる。
「まだいける!!!まだ動ける!!!」
今までしんどくなっても幾度となく込み上がってきた前に進み続ける闘争心。
それに比べて今はどうだ?目に精気が無い。体が重い。
パンチのフォームなんかに全く意識が向かない。どんなトレーニングをしてても頭の大半が自分の将来のことに浸食されている。
(そろそろ辞め時か。 。 。 。 うん、そやな)
何度も何度も考えた。もしかしたら一時的な気持ちではないか。このまま辞めて本当に後悔は無いか。
もう少し決断を先送りにした方がいいんじゃないか。結構な時間悩んだ。
気持ちは揺らぐどころかむしろ辞める方向にだんだん進んで行く。
また胸がしんどくなってくる。
銀行を辞めようと思った時と同じような感覚に襲われていた。
よし、辞めよう。これで辞めてもきっと後悔は無い。それよりこのままずるずる行く方が自分にとってはマイナスだろう。
会長と二人きりになれるチャンスを待ち、内心を打ち明かす。
全体練習が始まる前にフィットネス会員や子供たちへのボクシングの指導をし、ジム全体を掃除する。
その時間帯が終わって選手達が集まりだす前に会長がやってくる。
「会長少しだけお話いいですか」
会長「なんや急にどうしたん?」
自分はオブラートに包むとか雑談から始めるとか回りくどいことができない性格だ。いつも直球で言ってしまう。
「ボクシング辞めようと思うんです。気持ちが切れてしまいました。」
もちろん会長はびっくりする。今までそんなそぶりが無かっただけにかける言葉を用意できていない。
会長「今はジムが閉まったり、試合ができなかったりで辞める人は確かに多いよ。でもお前だけは辞めたらあかんって、なんでボクシング始めたんや。あれだけかっこいいこと言ってたやんか、ジムにはお前が必要や。急にどうしたんや」
「いや、急に心が折れました。練習してても全然やる気が出ないんです。何回も考え直してみたんですけどやっぱり駄目でした。」
会長「せっかくプロになったんやし一回は試合に出なあかんって。かっこいいお父さんになるんやろ?」
その後も会長の説得は続くが全く心に届かない。会長の説得の仕方が悪いのではない。それだけ自分の心がボクシングから離れてしまっているのだ。
会長「SNSでも格好いいこと言ってたやん。俺あれ見て感動したで。ボクシングしながら思ってたことあったやろ、ほらあれや」
「どんなことですか?」
会長「ほらあれや、だいぶ前に言ってたやろ。覚えてないか?それ見た時こいつかっこええなあって思ってん。あれなんやったっけなあ、すぐに思い出されへんわ。でもかっこよかったんやで。おれお前のSNSもちゃんと見てるねんで。」
「・・・・・・。(それ、なんや?)」
会長「お前は頑張りすぎたんやって。全然気を抜かんやろ、真面目過ぎるねん。だからちょっと休憩が必要なんやって。おれ毎日頑張っているように見えるやろ?忙しそうに見えるやろ?でもこう見えて風俗いくんやぞ!!」
(・・・・・・・・。
説得する材料としてそれ逆効果やわ、会長・・・・・・。)
なんか、焦らせてごめんなさい。
とにかく会長の話は全く頭に入って来ず。余計に辞める方向に心が揺れた。
ただ、しばらくはジム運営の仕事は続けることになる。
さあ、これからどうしよう。仕事を探す?それとも一人で何かを始める?
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