練習大好きチャンピオン「こう叫ぶんです。ファイヤーーーーーー!!!!!!」
「はい!!ファイヤーーーーーーーー!!!!!」
練習大好きチャンピオン「声が小さい!!ファイヤーーーーーーーー!!!!!!」
「ファーーーイヤーーーーー!!!!!!」
練習大好きチャンピオン「それでよしっっ!!!そうやって自己紹介するんですよ」
練習中にジムの端っこから叫び声が聞こえてきた。
チャンピオンが大声で誰かを指導している。
ある一人のボクサーが千葉県のボクシングジムからはるばる大阪のジムまで出稽古をしにやって来た。二週間滞在するらしい。
ある日、千葉の会長からうちのチャンピオンに連絡が来る。
千葉の会長「今度うちの選手が2週間出稽古でそっちでお世話になるんよ、リングネームはファイヤー一休。よろしく。」
チャンピオン「わかりました」
千葉の会長「ただちょっと問題あってね、極度の人見知りだからみんなになじめるんかなあって心配してるんよ。あまりしゃべらない選手だからちょっと気にかけてあげて。根はいい奴だから」
チャンピオン「任してください!!」
「もう一回!!!!ファイヤーーーーー!!!」
「ファー―イヤーーーー!!!!!」
どうやらその選手が来たみたいだ。
チャンピオン「よし、じゃあみんなに自己紹介しましょう」
「はいっ!皆さん、僕の名前は、、、、ファーイヤーーー!!!!!」
背がちっちゃくて丸坊主でムキムキでファイヤー(当時31歳)
また変な奴がやって来た。
いろいろ疑問点はあるが、まぁボクサーなんてこんなものだろう。不思議であるが不思議ではない。普通じゃないことが普通である。
いつの間にかこういった出来事をすんなり受け入れる自分になっていた。
リングネームはファイヤー一休
あまり詳しいことは知らないが、もともと消防士だったらしい。
だからリングネームにファイヤーを入れたのだとか。
消防士は公務員なのでプロボクサーとの兼業ができない。なので消防士を辞めてボクシングの世界に入ってきたのだが、
私の記憶の片隅にボクシングがバレてクビになったと言っていたような。
ちなみにクビになることも英語でファイヤーと言うが、そっちの意味もかけているのか???
この選手はジムに来た日からことあるごとにファイヤーと叫ぶようになった。
練習大好きチャンピオンと顔を合わせる度に、二人で何度もファイヤー!!と叫び合っている。
これは一体何コミュニケーションと呼ぶのだろう?
うちのジムの会長もお客さんが練習を見学しに来た時に「ファイヤー、こっち来てみんなに自己紹介して」
「はいっ!!僕の名前は、ファーーイヤーーーー!!!!」
会長「この子うちでしばらく出稽古してるんですわ」
お客「あ、そ、そうですか、、」
いきなり目の前で叫ばれた人たちは混乱している。
一日10回はファイヤー!!!と叫んでいる。
ジム内だけではない。
朝練をする時も公園叫んでいるし、路地での坂道ダッシュでもファイヤーと叫んでいる。
場所がどこであろうと声量は遠慮しない。
ところで千葉から大阪にやってくるだけでもお金がかかるが、2週間もの間食事代も馬鹿にならないはずだ。どうしているのだろう。
「ドンキーで250円の弁当買ってるんで大丈夫です」
大丈夫ではない。
3食ドンキーは体に悪い。
大阪に何を学びに来たのかはさっぱりわからなかったが、自分の持ちネタは手に入れたようだ。
2週間の3食ドンキー生活を耐え忍び、ファイヤーさんは強烈な印象を残して千葉に帰っていった。
帰った後もしばらくジム内ではファイヤーさんの話題が良く出てきた。
トップアスリートとしばらく過ごしていると練習量のすごさもさることながら、周りへの影響力もずば抜けていることを時折感じる。
練習大好きチャンピオン「知ってましたか?ファイヤーさんってめっちゃ人見知りなんですよ。本当は叫ぶ人じゃないんです。」
私は千葉の会長と練習大好きチャンピオンの電話での会話を知らない。わたしだけではない、みんな知らない。
人見知りが酷いなんて夢にも思わなかった。
普段からものっすごい笑顔で大声で叫んでいる人がやって来たのだと全員が思っていた。
「千葉の会長から連絡きたんですけど、『ファイヤーは大阪に行く前は内気でしゃべらない選手やったのに、千葉に帰ってきたら毎日ジムでファイヤー、ファイヤー、ファイヤーって叫んでる。一体大阪で何があったん?』って聞かれました。一緒に練習してる子供たちが引いてるみたいです」
人は何者にでもなれる。
いつからでも。