⑳かっこいい父親になりたくて、銀行員を辞めてプロボクサーを目指す ~プロテスト見学~

初回記事「①息子に会いたい」

前回記事「⑲腐る前に脱出」

目次

ジムに入会して1年が経った頃、担当のトレーナーからプロテストの話が出てきた。

スパーリングはまだそこまでレベルは高くないと思っていたが、なんだかんだで少しずつ上手くなっているたみたいだ。

ガードもしっかり手が上がるようになり、肘を閉じてパンチの通り道を塞ぐことができ始めている。

派手な動きこそないが頭を振りながらパンチを避けて次の細かいパンチにつなげたり、ブロックをしてから打ち返すなど基本的な動きが形になってきた。

受けていもいいレベルまでもう一息らしい。下の動画は試験を受ける1カ月半前に撮っている。

うちのジムはプロテストを受けるのに1つだけ条件を出している。

「絶対に合格できるレベルになってからテストを受けさせる」

試しに受けるなんてことはさせてくれない。

つまりテストを受けることはプロになるとほぼ同義語になる。

どれくらいまでレベルを上げればいいのかはわからないが、その辺は担当のトレーナーと会長の判断らしい。

先輩ボクサーに試験の内容を聞いてみてた。

大阪と東京はプロテストに恵まれており、東京は月に一回、大阪は2カ月に一回テストが行われる。

でもこれが地方になると競技人口が極端に少なくなるので半年に一回、下手すると1年に一回のところもある。

どうやら大阪はテストに恵まれているみたいだ。

試験内容は難しくないらしい。

筆記テストと実技試験の2項目で評価されるのだが、筆記テストは名前を書けば合格できるレベル。

実技はスパーリングを試験官たちに披露して技術を採点してもらう。勝ち負けは無くスパーリングをしている雰囲気で、この選手は試合しても大丈夫だな。よし合格!と判断される。

試験結果はこの実技試験でほぼ全て決まる。

近年プロテストの合格レベルは下がってきている。

理由は単純で競技人口が少ないからだそうだ。

周りに野球部やサッカー部はたくさんいると思うが、ボクシング部所属の人は少なかったはずだ。それだけボクシングをしている人は珍しい。

更にそこからプロを目指すとなるともっと少なくなる。

競技人口が少なくなると試合が組めなくなるので、仕方なく合格レベルを下げてプロの人口を増やしている。

先輩ボクサーからは「今の感じでスパーリングできたら絶対合格できるよ」と言われた。少し心が緩む。

一番気を付けないといけないのは試験会場の空気。

あの独特な雰囲気に飲まれたらきっと落ちると忠告を受ける。

「試験は試合より緊張する」

実技試験の間は応援禁止、私語禁止、ラウンド中はセコンドからのアドバイスも禁止。

たくさんの人がテストを見に来ており、静かーーーな視線がリングに注がれる。

張り詰めた空気の中で自分一人戦う。

私としてはあまり大きな問題ではないと思っていたが、念のため一度試験を見学しに行くことにした。

何より本当に合格レベルが低いのかを知りたかった。

その時の試験会場は大阪の難波駅近くにある「井岡弘樹ジム」

会場は体育館などを借りるのではなく、プロ登録されているどこかのボクシングジムで行われる。

順番に一人ずつリングの上に呼ばれ、スパーリングをこなしていく。

なるほど、しっかり練習してるだけあってやはりみんな上手い。聞いていたのと違う。

私が試験を受けるときはこのレベルの人たちと殴り合うのか。

一人がダウンを取られる。

試験でダウンを取られると大きく原点になる。

試験で使用されるグローブはクッション性が高く、相手にダメージを与えにくい。なのにダウンしてしまうということは技術が無いボクサーであると判断されるのだろう。

立ち上がったとしても巻き返しは絶望的。

残念ながらそのボクサーは不合格だった。

試験中、時折試験官が声を出す。

「もっとしっかり頭を振って!!」「ガードを下ろさない。ディフェンス甘いよ」

全員頭を振って的を絞らせないようにし、ガードが下がっていないようにも見えるが、私にはその違いがわからない。

違いがわからないということは、まだそこまでのレベルなのだ。

会場の空気を問題には感じなかった。しかし実技のレベルが、、、、、、、、。

予想外に高かった。

そりゃそうだろう。プロで試合をするということはお金を払って試合を見に来てもらうということだ。

私が今挑んでいるのは町中の喧嘩ではなくプロとしてのスポーツ。

お金を払ってもらえるくらいのレベルが必要なのだ。

本当に自分のレベルでお金を払ってもらえるのか???

自分ならお金を出してこんなレベルのボクサーの試合を見に行きたいとは思わない。

この日は空気よりもレベルの高さの問題を痛感した。

これは結構厳しいぞ。

「会長、みんな上手いですね」

一緒に見に来た会長にぼそっとつぶやく。

会長「あれくらいのレベルやったらお前の方が上手いよ」

本当にそうか???

不安にさせないためにそう言ってるだけなのか?

会長「お前もそろそろ受ける時期やな。しっかり練習しとけよ」

正直ガードの仕方もわかってない、基本中の基本であるジャブも打ち方はめちゃくちゃ。

フックやボディー、アッパーなんかもっとわからない。

帰ってから練習大好きチャンピオンが言う。

テストに合格したらすぐに試合が決まる。

どっかのジムから試合してくださいってすぐに依頼が来るから、いつでも試合できるように準備しときや。

つまり、プロテストを受けるということは試合がそろそろ決まるのとほぼ同義語になる。

実際うちのジムでもプロテストを受けた人はすぐに試合が決まっていった。

それを見てふと考える。

もし今のレベルで合格し、そのまますぐに試合が決まったら生きて帰れるのか?

少なくとも顔の骨を折る確率は非常に高いぞ。

このレベルで試合が決まってしまうのは

やっぱり困る、、、、。

試合と練習ではグローブの大きさが違う。

練習ではクッション性のある大きいグローブを使う。なので顔の骨を折るほどのケガは滅多にない。そもそも大きなグローブにパンチが引っ掛かりガードをすり抜けて来ない。

しかし試合のグローブは極端に小さい。拳の感触がもろに顔に伝わってくる。

そのグローブで目の周りを殴られると骨が折れる。

目の周りの骨が折れると眼球が垂れ下がる。

テレビを見ているだけでは伝わってこないこういった具体的な怪我を聞いてしまうと、やっぱり試合には出たくないなあと逃げ腰になってしまう。

プロライセンスが欲しいと思いながらも、まだ試験を受けたくないという気持ちも同時に存在する。

もともとはライセンス獲得だけできたらいいと考えていたが、いつも間にか「もし試合に出るなら」という思考が少しずつ頭の中に浮かび始めている。

もしかしたら将来試合に出場するのか?

その問いに答えられるだけの決心が今の自分には存在しない。

試合をするかしないかはライセンスを取ってから考えよう。

今考えても答えは出ない。

ボクシング道具紹介記事

次回記事「プロテスト合格は絶望的」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA