㉝かっこいい父親になりたくて、銀行員を辞めてプロボクサーを目指す ~記憶喪失~

初回記事①息子に会いたい

前回記事㉜コロナ禍とタノンサック

目次

プロになってしばらくすると、いろんなレベルのボクサーとスパーリングする機会が増えてきた。

初めはプロテストを受けるものどうしでのスパーリングばかりだったが、プロになってからはいろんなプロ達が相手をしてくれる。

日本ランカーとスパーリングをする機会も増えてきた。

初めてランカーとスパーリングをしたときはビビり倒していたが、回数を重ねるに連れ恐怖心が無くなっていき、自分からスパーリングをお願いするようになっていた。

ある日、日本ランカーとスパーリングをしていた時のことだ。

ワンツーを打った後、鼻の下あたりに大きな衝撃を受けた。この部分はちょうど人間の急所にあたる。

体中の力が抜け、そのままリングに倒れ込み、遠くの方から会長が「ストーーーップ」と大きな声でスパーリングを中止させる声が聞こえた。

どうやらカウンターを食らったみたいだ。

「まだやれる!!」

気持ちは途切れていない。

しかし

会長「今日はこれでもうスパーリング終わりや、端で休んどけ」

うちのジムでは基本的にダウンしたらスパーリングは終了となる。

これは試合ではない。ただの練習だ。脳震盪を起こしているのに更に脳に衝撃を与えて選手生命を縮めるようなリスクは侵さない。

会長「立てるか?」

とりあえず起き上がれはした。でも誰かに支えてもらわないと立てない。

自分が思っている以上の衝撃が体に走ったみたいだ。

よく試合中に審判に試合を止められて抗議をしている選手がいる。

「俺はまだやれる!!ダメージなんか受けてない。なんで止めるんだ」

周りから見ていたらそりゃ止められて当然だよねってくらいダメージを負ってても、本人にはわからない。

ダウンってそういうもんらしい。今回のダウンでよくわかった。

ジム内の選手達全員の練習の手が止まりこっちを向いている。トレーナーたちもそばに来た。

リングの隅に座り、大きなため息をつくと、背中に氷水をかけられた。「うわっ、なんや」

会長「冷たいのはわかるんやな。」

それほどひどいダウンだったのか。水の温度がわかるかの確認だ。

ジムの隅に移動し、壁にもたれて腰を下ろす。

何も考えれない。頭が回らない。今自分は何をしていたのか、なぜここにいるのか、どうやってこの場所にきたのか、今日は何曜日なのか。

いろんな人が頭に浮かぶ。きっと家族や友達だったと思う。でも今頭に思い浮かんでいるのはだれ?自分とどんな関係?

ぼんやりした存在は思い出すが顔がわからない。

今全く必要のないものが次から次に頭の中に思い浮かび、「それって何?これは誰?」と疑問を持つが、答えが出ないまま、また次の何かが頭に思い浮かぶ。

脳が必死に機能を取り戻そうともがいているのがわかった。

リングを眺め、選手たちを眺め、何かを思い出そうとするが完全に思考が止まっている。

どうやら今記憶を失っているようだ。

なんだこの変な感覚は。自分が何者なのかもわからない。

朝自宅のベッドで目覚めたのに、「あれ?ここどこ?」となったことはないだろうか?

頭が働かず周りの状況が理解できていないあの感覚。それがずーっと続いている。

30分くらい壁にもたれてぼーっとしていただろうか。ヘッドギアとグローブは外した。

しかしまだマウスピース、バンテージ、ファールカップはつけたまま。外す元気もない。とにかく動きたくない。いや、動けない。

ちなみにファールカップとはスパーリングで下腹部への攻撃から守ってくれる道具だ。

 

ある選手が声をかけてきた。

龍一「岡橋さん、僕今からスパーリングなんですけどファールカップ忘れたんです。貸してもらっていいですか?」

こいつはアホだ。今倒れてたのを見ていたはずだ。他の人に貸してもらえよ

このファールカップ龍一はジムで一番空気が読めないボクサーだ。

「スパーリングが終わったのにまだファールカップを履いている。使ってないなら貸してもらおう」くらいの気持ちで声をかけてきたのだ。

こいつなら町なかでボコボコに殴られて倒れ込んでいるサラリーマンに「すいません、道にまよったんで梅田駅までの行き方教えてもらえませんか?」って平気で聞けそうだ。

ファールカップ龍一の話はまた次回したい。

今ならいろいろ文句を言えるが、この時は思考回路が働かない。

重い腰をあげ、「ちょっと待ってな」といい、ファールカップを脱いで何も言い返さず素直に貸してあげた。

「そういえばあいついつもファールカップ借りに来るなあ」

記憶を失っていてもそれだけはわかった。

その後どうやって帰ったかは覚えていない。

たぶん同じジムの人が車で送ってくれたはず。

家に帰ってしばらくするとぼーっとする感覚はだいぶ抜けた。

しかしまだ所々記憶が定かでない。その後数日間、いつもなら書けるはずの漢字が出てこなかったり、ジムから帰る時に靴に履き替えらずスリッパで帰ろうとしていた。

このダウンをきっかけに1カ月のスパーリング禁止令がでた。まあ、当然だろう。

クッション性の高い大きなグローブをつけていても、ヘッドギアを装着していても、やっぱり日本ランカーとのスパーリングは危なかった。

2 COMMENTS

キチガイ。

おお。りゅういちは懐かしい。
((´∀`*))ヶラヶラ。
人をイラつかせる天才。

難波のターミネーターを書いてる時点でまだダメージは抜けてないっすね。
味噌汁先輩。

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イリ

何を言われてるんかわからんかったけど「浪速」と「難波」の間違いのこと言ってたんですね(笑)
龍一シリーズでいくつか記事かいてみたいですね、

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