1分もインターバルをもらった。よし!体が動く、動けるぞ。
距離をつぶせ!自分の手が届く距離で戦うんだ。
一瞬相手がよろめいて後退した。
畳みかけろ!!
大きく踏み込んで右ストレートを振りかぶった。
ガーン!!!
頭に大きな衝撃が走った。目が回ったような感覚でバランスを崩しリングに転がった。
レフェリー「ダーーウン!!!」
完全に見えていなかった。どうやらカウンターを食らったみたいだ。人生で初めての脳震盪。
合格が更に遠のく。
「やられてしまった」
プロテストは試合と違い、安全性を考慮して軽いダウンでもスパーリングをストップすることが多い。
すぐに立ち上がりダメージが無いことをアピールしてストップを避けなければ。
足元を少しふらつかせながら立ち上がりファイティングポーズをとる。
レフェリー「ツー、スリー、フォー、」
「大丈夫です。行けます」
「ファイブ、シックス」
あれ、カウントが止まらない。「大丈夫です。やれます」
「セブーン、エーイト」
お願い、止まってくれ!!!!
「大丈夫です」
レフェリー「、、、、、、、、、、、。」
カウントが止まった。
レフェリーがじっとこちらの目を見ている。
目の焦点が合うのか確認しているのだろう。一体どうなる。続行できるのか?
ニュートラルコーナー(赤でも青でもなく白色のコーナー)に行くよう指示がでる。
レフェリー「ファイッ!!!」
続行の判断が下った。なんとか耐えた。
しかしもう後がない。ダウンは大きな減点だ。このままでは本当に落ちる。
「攻めるしかない!」頭の中にはこの言葉しかなかった。ステップを踏まずどっしりと歩きながら相手に詰め寄る。
相手からすると的が動かないので格好の餌食、パンチ打ち放題。
重いパンチを何発も浴びせられる。
バランスを崩しながらもパンチをもらうたびに打ち返し、そして詰め寄る。
これを何回も繰り返していると少しずつ相手の手数が減り始める。
ここにきてやっとスタミナの差が出てきた。残り一分もない。
ボクシングをしているとわかるのだが、打っても打っても前に出てこられると本当にやりにくい。
後ろに下げられると体力を大きく削られる。
有利に戦っていても何故か体力を削られるのだ。この時はパンチを当てることに必死でそんな戦略を考えていたわけではないが、結果的にそうなっていた。
「このままやったら落ちてしまう。やばいぞ!!もっと攻めろ!!!」
会長や担当トレーナー、応援に来てくれた同じジムの選手達全員がそんな言葉をかけたかったが、会場は応援禁止。
どうすることもできない。なのでリングサイドから「もっと行け!!!」と手で合図を送っている。
戦っている本人はリングサイドに視線を送る余裕なんてない。そもそも攻めないとダメなことくらいこっちが一番わかっている。
今、力いっぱい攻めている。もうこれ以上のことはできない。相手のスタミナが切れてきているのはわかっている。しかしこっちもパンチをもらい続けて息が上がってきた。スタミナ面は少し有利ではある。しかし余裕ではない。
いつのまにかもうステップを踏むこともできなくなっている。パンチに力が無くなってきた。
たった2ラウンド。
たった2分30秒。スタミナは心配ないはずだった。
なのに背水の陣。
「不利な立場に追い込まれても根性見せたら合格することもあるからな」
昨日会長に言われたこの言葉だけを信じて攻め続けた。心のよりどころにして攻め続けた。
むしろ今さら評価されるには根性を見せる以外方法が無い。かなりバテてきたがそれの一点突破。
残りは30秒ほど。それくらいの時間なら気持ちで動ける。今までそんな練習ばかりしてきた。
しんどくても手を休めないのが自分の持ち味!!
まだ可能性はある!!
1%でもあるなら最後までやり通す。
「10秒前!!」
さぁラスト!ギアチェンジ!
最後は気持ち!!
手数が増える、が相手もラスト10秒は力を振り絞ってくる。
相手が前に出てきた。どちらも被弾覚悟での打ち合いだ。
レフェリー「ストーーーップ」
終わった。
見せ場を作れず、しかもダウンを取られた。
コーナーに戻ってグローブを取る。
仲間に迎えてもらうが明らかにみんな残念そうな表情をしている。
ダメなことくらい自分が一番わかっている。
日々の練習もテスト本番も、もうこれ以上頑張れないってところまでやり続けて今この瞬間まで駆け抜けてきた。
自分の実力が間に合わなかった、ただそれだけだ。物事は簡単に行くことばかりではない。
会長「ようやった。ダウンしてからよく盛り返したな」
やれるだけのことはやった。
後は結果を待つだけだ。
会長「次回頑張れ」
「いや、まだ落ちてませんって!!!」
※毎週火曜日の夜にブログを更新しています。