⑮かっこいい父親になりたくて、銀行員を辞めてプロボクサーを目指す ~ボクサー用の縄跳び~

初回記事「①息子に会いたい」

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目次

ボクシングの練習を思い浮かべた時、縄跳びをしているイメージは無いだろうか?

私にはこの縄跳びをする理由がわからなかった。

みんな跳んでいるが一体何のために跳んでいるのか。

体力をつけるにしてはそこまでしんどいものでもない。手と足のリズムを良くする為と言われたが縄跳びとボクシングのリズムは全然違う。

周りに聞いてもあまり明確な答えは返って来なかった。どうやらみんなも分かっていないようだ。

それでもジムの中の狭いスペースでできるウォーミングアップとしてはとても優れている。

せっかくなら有効的な時間にしたいと考え、神経伝達をよくするためにいろんな跳び方を覚えることにした。

さて、ボクサーが使っている縄跳びとはどんなものなのか。

実は一般的なものと少し違う。

跳んでみるとわかるのだがとても重い。

普通の縄跳びが100gくらいなのに対し、ボクサーが使っているのはその4倍の400g。

初めて飛んだ時、30秒くらいで手がパンパンになった。

みんな10分近く跳んでいるが、なれるまでに少し時間がかかった。

しかしコツさえつかめば全然しんどくない。むしろ重い方が跳びやすくなってくる。

ちなみにボクサーの縄跳びはWINNING製これ一択。

ものすごく跳びやすい。

もしボクシングをするならぜひWINNING製の縄跳びを使ってほしい。一度使うと他の縄跳びはもう使えない。

ある日ジムに新しい男の子がやってきた。

名前はそうた、16歳。

言葉は悪いがものっすごいアホな子だった。そして練習もあまり来ない。

選手A「おい、そうた!!なんで昨日休んだんや!!」

「すいません、雨降ってたんで」

選手A「室内の練習に天気関係あるんか!」

「ありません」

選手A「お前の夢はなんや!!」

「世界チャンピオンです」

選手A「そんなことしてたらプロにすらなられへんぞ、明日からしっかり来い!」

「わかりました!!」

一週間後

選手B「お前また練習休んでるやん、昨日何してたんや」

「すいません、ゲームしてました」

選手B「アホか、お前の夢はなんや」

「世界チャンピオンです」

選手B「そんなんでチャンピオンなれると思ってるんか、しっかり練習来い」

「わかりました」

2週間後

選手C「ずいぶん長いこと休んでたな、いったい何してたんや」

「すいません、休んでました」

選手C「その休んだ理由を聞いてるんや」

「忘れてました」

選手C「何を?」

「練習あることです」

選手C「お前の夢はなんや」

「世界チャンピオンです」

どれだけサボっても世界チャンピオンへのあこがれは無くならず、しかも嘘をつかない。せめて仮病を使えばいいのに。

こんな調子だから全く技術は進歩しない

しかし何故かパワーだけは桁外れ。

プロ達のサンドバッグを打っている音を聞いていると

ダン、ダン、ダン、ダダンっとリズム良くいい音を鳴らしているのだが、そうたのパンチは

ドーン、ドーン、ドッゴーン、

ものっすごく重い音がジムに鳴り響く。サンドバッグの揺れ方が違う、見ていなくても音だけでそうたが練習を始めたとわかる。

決して体は大きくないのだがパンチの音は誰よりも重い。

それを見ていたプロ達は「あいつ練習全く来てないのに何であんなすごいパンチ打つねん。俺より強いパンチ打つやん。腹立つわー」と評価していた。

数年ボクシングを続けてきたプロ達よりも、最近入会して練習休みがちのそうたの方がパンチ力が断然強い。

そんなそうたが私に縄跳びのことを聞いてきた。

そうた「縄跳びってこれでいいですか。ネットで安く売ってたのでこれ買いました」

「それでもいいけどみんな使ってるのはもっと重いで、400gあるわ、試しにこれ使ってみ」

そうた「これマジで重いっすね。僕もこれ買います。ネットで買えますか?なんて検索したらでてきますか?」

「ボクシング、ヘビーロープ、で検索したら出てくるわ」


そうた「わかりました。すぐ買います」

ジムが主催する試合が近づいてきた。

選手たちは減量末期。試合が近づくとジム内の空気がピリピリしだす。

普段の練習は音楽をかけて雰囲気を盛り上げるのだが、減量末期の選手にとっては音楽すら煩わしく感じる。それだけ神経が尖っている。

なのでより練習に集中できるよう出場予定の選手と会長が早めにジムに来て、人数が少ない時間帯に練習を始めた。

当然音楽は切っている。

パーン、パパン、

「一歩踏み込んでワンツー!!」

パン、パン!!

ジム内に会長の声とミットの音だけが響く。それ以外の音はほぼ聞こえない。

この時は選手と会長の気迫に圧倒され、周りにいる人たちは全くしゃべらなくなる。

もちろん私も誰ともしゃべらず黙々と縄跳びをしていた。

タン、タン、タン、タン

そんな空気の中にそうたがやってきた。

ウォーミングアップをするために、ホースみたいな太いものを持ってきた。

そしてウォーミングアップを始める。

バッターン、バッターン、バッターン

明らかにリズムが悪い。

生まれて初めて見る縄跳びだった。


「それなんや」

そうた「縄跳びです」

「見たらわかるよ。重すぎるやろ」

そうた「はい」

「なんでそんなん買ったん」

そうた「縄跳びするためです」

バッターン、バッターン

「何グラムのやつ買ったん?」

そうた「一番重い1500g買いました」

「なんで?」

そうた「縄跳びするためです」

バッターン、バッターン

、 、 、 、 、 。

そうた「えっ、これだめですかね?」

「逆になにがいいんや?」

そうた「わかりません」

バッター、バッターン、バッターン

明らかに変な音がジムに鳴り響いているので会長も異変に気付く。

会長「そうた、お前それなんやねん」

そうた「縄跳びです」

会長「見たらわかるよ。なんでそんなん買ったんや」

そうた「縄跳びするためです」

バッターン、バッターン

そうた「これしんどいですね」

「跳ぶ前にわかるやろ」

ボクサーには時折こんな規格外な人間がやってくる。

ネタが付きない

それ以来そうたはみんなからイジられるようになり、「おいそうた、しっかり縄跳びしろ!!さぼるな」と強制され、

練習が始まるたびにバッターン、バッターンと縄跳びを披露させられた。

そうたはだんだん手首が痛くなり縄跳びの練習が嫌いになった。できるだけみんなが思い出さないようシレッとサンドバッグの練習に移り、縄跳びの話題は出さないようにしていたが、やはり逃げ切ることはできなかった。

そしていつしかそうたは練習に来なくなる。

ジムの隅っこに極太縄跳びを残して、、、、、

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