「あの年のとったタイ人みいな子、毎日来とるけど一体誰や?」
ジムのトレーナーが私を遠くから見て初めて放った一言がこれだ。
自分では気づかなかったが、ボクシングを始めてから痩せるにつれて顔つきが段々とタイ人ぽくなってきた。
ボクシングを始めたばかりではあるが、ジムの中で1番年上と言うこともあり、最初の方はあまり容姿のことは言われなかった。
みんなに溶け込むにつれて少しずついじられるようになってきた。
この時点ではまだ自分がタイ人ぽいという自覚は無かった。
ある日会長がタイに素晴らしい選手がいると噂を聞いて現地まで見に行ったことがあった。
19歳、負けなし!
すごく強いパンチを持っており素質十分。
名前はタノンサック
その選手を見るや否や、「うちのジムの選手にならんか」ってことで契約選手という形で手続きを取り、
グリーンツダボクシングジム所属でこれから試合をすることとなった。
グリーンツダは関西ではとても大きいジムなので、この話は近隣のボクシング界にすぐ広まる。
この選手の試合はすぐ決まり、試合の時だけ日本に来ることとなった。
試合のポスターを作りジムの中に貼る。
タイの選手とはまだ会ったことはなかった。いったいどんな選手なんだろう。
試合が決まってからしばらくすると他のジムから出稽古がきた。
出稽古の選手を引き連れたそのジムの会長が、
壁に貼ってるポスターをじっと見つめる。
おそらく注目の選手が載っていたのだろう。
しばらく見つめた後、
振り向きざまに
「君か!!タイから来た選手はっ」
そう言いながら私に握手を求めてきた。
いや、日本人です。
「えええええっ、このポスターの選手ちゃうの?君日本人か、日本に来て間もないのに普通に日本人と喋ってるからおかしいなぁと思ってん」
「、、、、、、」
そんなに似ているのか?
写真
ある日ダイソーに行ってみた。
支払いの時、レジのおばちゃんにを質問する。
「カードで支払いできますか?」
「No!! キャッシュオンリー」
キッパリ英語で断られた。
ミズノの店員さんがジムにグローブを届けにきた。
綺麗な女性の方である。
「○△選手にグローブ届けにきました。」
代理でグローブを受け取る。
「ありがとうございます。渡しておきますね」
「あっ、やっぱり日本人やったんですか、ずっとタイの選手かなと思ってました!」
こんなことが頻繁にある。
極め付けは、ついにタイのボクシングマガジンに顔が映った。
もちろん主役は自分ではなく、契約選手のタノンサック。
日本人選手たちと一緒に練習している姿が記事になったのだ。
そんなタノンサックも順調に勝ち上がり、タイでチャンピオンとなり世界ランカーまで上り詰めた。
今回はタイのボクシング事情についてちょっと語ってみる。
ある日グリーンツダボクシングジムでタノンサックの記者会見があった。
「9戦9勝の戦績は今年タイで試合をした数ですか?」
ボクシングは普通試合と試合の間を3ヶ月くらい空ける。
でないとダメージが抜けきれてない状態で試合すると危険だからだ。
会長「はい」
記者「これほんまですか?ちょっと多すぎませんか?1ヶ月に1回のペースで試合してますよ。」
会長「タイでは公式の試合、非公式の試合って明確な区切りがないんです。
街中で今度試合しようぜってみんなで集まって草野球感覚で試合することもあります。
なのでどの試合を数に入れてどの試合を入れないって明確なことが言えないんですよね、もし街中の試合も全て数に入れたらもっとすごい数になります。」
これって本当に危険な行為。
日本で行われる公式の試合はしっかりとお医者さんが常駐しているし、選手達は年に一度ボクシング用に健康診断も受ける。
もしダウンすると脳にダメージを負うが、街中の試合ではそう言うケアはされてない。
実際死人も出てる。
田舎の方に行くと賭け事の対象になっていることもあり、大人だけならまだしも子供もその対象になってる。
嫌がる子供を賭け事の対象になっているからと無理やり試合させることもあるのだとか、
そんなことしているから子供も死ぬ時がある。
ひどい親というよりは、危険と言う知識が田舎にはないのだろう。
そんな環境でタノンサックは育った。
日本みたいにコンビニやスーパーが近くにある地域ではない。
近くの川に今日の晩御飯の魚を釣りに行く!
ちょっと野生的な環境の中で親や兄弟は仲良く暮らしている。
今までのファイトマネーは全て家族に渡してきた。
貧困から家族を助けたい!!
その一心でボクシングを始め日本に来た。
同じボクシングをしているが、私とタノンサックの背景は全然違う。
ボクシングをしているといろんな人に出会う。
普通に銀行員として働いてたら絶対出会わなかったであろう人々。
出会いは価値観を変える良いきっかけだ。
将来のためにお金を貯め、投資をし、無駄な出費を減らして暮らしてきた。
そんな生活をずっと続けていると家計しか見えなくなり、大切なものがわからなくなってくる。
出会いは想い、志、夢、人生に必要なものがなんなのか、一度立ち止まって見つめ直すきっかけを与えてくれる。
こういった人たちとの出会いで世の中の見方が少しずつ変わっていった。