⑨かっこいい父親になりたくて、銀行員を辞めてプロボクサーを目指す ~目の当たりにする減量~

初回記事「①息子に会いたい」

前回記事「⑧チャンピオンたちの練習」

目次

ボクサーと言ったら真っ先に思い浮かぶのが減量だろう。
実際漫画みたいな減量なんてしているのか?

そもそもなぜ死ぬ間際までのきつい減量をするのか。

これは実際ボクシングをしなとわからないのだが、たった2.3㎏体重が変わるだけでパンチの重さが全然違う。

5㎏の差になると正直怖い。

この違いは殴られてみないとわからない。

理由はパンチの重さだけではない。相手の身長が高くなればなるほど戦いにくくなる。

腕のリーチがたった5㎝違うだけでものすごく遠く感じる。

相手のパンチは当たるのに自分のパンチは当たらない。これも実際向かい合わないとなかなかわからないのだが、これ以上前に行くと危ないぞ!!というラインがある。

試合を見てるとよくわかるのだが、ある一定の距離を保ったまま向かい合い打っては戻りを繰り返している。あれがまさにその危険なラインだ。

だからそのラインより遠いポジションをキープするわけだが、そのせいでたった5㎝届かない。

もちろん思いっきり踏み込めば届くが、パンチを打った後でもすぐ戻れる踏み込みの限界値と言うものがある。

それを超えて無理やり踏み込むと動きが大きくなりパンチが当たらないしカウンターを狙われる。

たった5㎝だが、そのわずか5㎝を縮める為にいろんな工夫をしなければならない。

でもリーチが長いというだけでそんな工夫が不要になる。

だからできるだけ背の低い人と対戦できるように少しでも軽い階級に下げようと頑張るのだ。

しかし極限まで体重を落として当日戦えるのか。

これが不思議なものでしっかりと体が動く。これにはほんとびっくりした。

今回はその減量について語ってみたい。

ボクシングをしていると必ず聞かれるのが
「減量してんの?」
である。

ちょっとびっくりした質問が、
「水飲んでいいん?」

もちろん飲む。
試合が決定しない限り、日常生活では減量をしないし、軽い体重を維持するために普段から水を抜くなんてこともない。

もちろん計量日前は水を抜くが、、

それまでは飲んでいる。

おそらく一般の人が考えている減量とボクサー達の実際の減量に解釈のズレがあると思う。

ダイエットは年間をとして継続して行うが、減量は試合直前になって始める超きついダイエット

普段はしっかり食べて、しっかり水分摂取して練習に挑む。
減量を始めるのは試合の1ヶ月前くらいからだ。
人にもよるが、減量初期、まずは食べてはいけないものを完全にやめる。
例えばお菓子とかラーメンとか。ジャンクフードを一切取らなくなる。

食事のバランスを見直すだけで、練習量の多さからたいていのボクサーは痩せていく。

ある程度この食生活を続けた後は糖質を減らす。
これにより極限まで脂肪が落ちていく。

この時期からパワー不足を感じ始める。


減量末期になると落とす脂肪がなくなり、筋肉が溶け始める。

信じられないかもしれないが、今までトレーニングでつけてきた張りのあるカッチカチの筋肉がプニプニになる。

きっと栄養失調状態なのだろう。

計量日の3日前くらいで目標体重のプラス3キロあたりになっていればここで初めて安心感が生まれる。

その3キロは体から水を抜くことで落とせるからだ。

「計量日3日前、プラス3㎏」

減量をする時はこの数字を目指す。

減量1カ月間で10㎏くらい落とすことはよくある。

自分の場合は6㎏だった。

もしこの減量のペースが間に合わなかったら。。。。

そうなると漫画の世界になる。

実際その状態を目の当たりにし、減量の怖さを知った。

試合は8月、夏真っ只中。前回の記事で紹介した、練習をさぼるチャンピオンがタイトル防衛戦を控えていた。

近年、大阪の夏は危険レベル。

ジム内は学校の体育館のように気温が高い。もちろんエアコンなんかつけない。その代わりにストーブが焚かれる。

もう一度言うが夏にストーブだ。

外は40度近いが、ジムは更にその上を目指す。

試合を控えている選手たちはジムの隅にある4㎡くらいのサウナ室に籠り、ストーブを焚いてサウナスーツを着ながら縄跳びやシャドーボクシングをしている。

こっちはサウナから漏れてくる熱だけで嫌気がさしているのに、選手たちはあの地獄の部屋で練習している。

減量初期は短時間入って汗を流すだけだが、末期に近づくにつれサウナに入る時間が長くなる。

そしてだんだん水を飲まなくなる。

よく学校で「暑い日はできるだけ涼しい場所で過ごして水分を多く採りましょう」と言うが、ボクサーは完全にその逆を行く。なぜ熱中症にならなかったのか今でも不思議だ。

そんな中、チャンピオンの減量がうまくいかない。以前に比べ筋肉量がとても多いのが理由の一つだ。

計量日の1週間前になってから毎日顔が死んでいる。

今までで一番苦しそうな顔をしている。なんなら今すぐ病院に連れて行った方がいいくらいだ。

計量日前の8月上旬。チャンピオンがサウナに長時間籠る。4㎡の狭いサウナ室で3台のストーブ。

サウナスーツを着て縄跳びをしているが、少し跳んでは休み、少し跳んでは休みを繰り返してる。

「もう汗出えへん」

サウナ室に入った瞬間に私の体の表面からは大量の汗がこれでもかと出てくるが、チャンピオンの顔からは1敵も汗が出ていない。真昼間のカンカン照りの夏真っ只中、ただでさえエアコンをかけてないジムは立ってるだけで汗をかくのに、こんな狭い空間で石油ストーブを3台も焚いて、サウナスーツを着て縄跳びをしているのに、全く汗をかいていない。

完全に脱水症状を起こしている。

その姿は死の間際にいるくらいげっそりしている。筋肉も溶け切っている。なのに更に死に近づこうとしている。

「やばいってー、、、、、、、。

なぁ、、、、、、ガム買ってきてくれへん?

それとさぁ、、、、、、、バケツ持ってきて」

きっとこれは最後の手段なのだろう。

ガムを噛んで唾液をバケツに吐く。これをサウナ室で永遠に繰り返す。

最初は座りながらしていたが、ついには座るのもしんどくなり寝転びながら唾を吐く。

試合に出る以前にこの人は今日家に帰ることができるのか?

家までたどり着くか、それとも病院に運ばれるか。

この時の正直な私の気持ち

「今回の試合は負けたな。もしかしたら試合出場すら危ないぞ。」

この気持ちは胸に秘めておいた。

でもこれは自分にも訪れることだ。

今まで減量に苦しんでいた人を見てきたので、常日頃から体重は気にしていた。そのおかげで体脂肪は常に一桁台

10%を超えることなんてまずない。

その状態から6㎏を落とす。

つまり2ℓのペットボトル3本分。

並べてみるとものすごい量だ。

果たして自分はこれに耐えられるのか。

多分皆さんには訪れないとは思うが、もし減量中のボクサーが目の前にいたら絶対に目の前で甘いものを食べたり水を飲んだりしないでほしい。

本気でイライラする。

試合当日。私は会場で死にかけのチャンピオンを待っていた。いや、もしかしたらこのまま現れないかもしれないと思っていた。

しかし私の期待をいい意味で裏切り、チャンピオンの顔が引き締まっていた。

溶け切った筋肉も1日で回復。

計量が終わってから翌日の試合まで水分と食事をしっかりとり、たった一晩で体重を5㎏戻す。

1日で体重が5㎏増えるなんてことは日常生活ではまずないことだ。

選手によっては9㎏増えることもある。

その時の試合の動画を載せておく。

これは最終ラウンド。

途中まで膠着状態が続きどっちに勝敗が転んでもおかしくない中、勝負は最終ラウンド次第。

赤いグローブがチャンピオン。

あの死にかけの中、最終ラウンドでここまで動けることが本当にすごい。

特にラスト15秒のラッシュは圧巻!!

会場中が彼の戦う姿に魅了された。

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次回記事「⑩タイ人ボクサー、タノンサック」

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