⑦かっこいい父親になりたくて、銀行員を辞めてプロボクサーを目指す ~生まれて初めてのスパーリング~

初回記事「①息子に会いたい」

前回記事「⑥ファイトマネーはいくら」

目次

かっこいいお父さんを目指しボクシングを始めたものの、やっぱり殴り合いは好きにはなれない。人を殴るのも殴られるのも自分の性格には合ってない。気持ちは矛盾しているがボクシングを選んだくせに殴り合いはしたくなかったのだ。

同じジムで練習している人たちがスパーリングをしているのを毎日見るが、鼻血が出たり腹を殴られて苦しそうに悶えてたり、ボコボコに殴られていることに対して「何してんねん!しっかりしろっっ!!!」と怒られているのを見ると、今まで暮らしてきた環境とは明らかに違うと感じる。

このリングに立つのかと考えると本当に恐ろしかった。

強くなりたいと願いながら技術を習得していくが、心のどこかで「しばらくスパーリングしませんように」と願っている自分もいる。

でも決して気を抜いた練習をしているわけではない。強くなりたい気持ちはあったからトレーニングだけは人一倍頑張った。

元銀行員、31歳からボクシングを始めてプロを目指す。そして練習の姿勢に嘘は無い。

その頑張りは周りも認めてくれていたようだ。それがのちのスパーリングでわかる。

ある日ついに会長から声がかかる。

「そろそろスパーリングするか」

「はいっ!」

と応えたものの、不安しかない。

スパーリング相手は自分と同じくプロを目指す17歳。年齢がほぼ自分の半分。

未成年と殴り合いをする機会がやってくるなんて今まで一度も考えたこともなかった。

リングに上がったときは怖かった。ロープに囲まれて逃げ場がない。

ゴングが鳴ればあの子は自分におそいかかってくる。永遠にゴングが鳴らなければいいのにとさえ思った。スパーリングは2ラウンドだけ。

カーン!!!

スパーリングが始まる。

スパーリングが始まって数十秒後、自分の体の異変に気付く。

想像以上に体力を消費しているのだ。まだ始まってすぐなのに息が上がっている。

やばい、このままのペースでいくと2ラウンド持たないぞ。

テレビで見ていると3分なんてあっと言う間だが、リングの上では10秒ですら長く感じる。

1ラウンドの半分までは練習通りの動きができていたと思う。しかし後半になるとガードが下がり始める。通常ジャブを打ったらその手をすぐに顔の前に戻し顔を守らなければならない。

しかし手が重たくなって顔の前ではなく下に戻してしまう。それがジャブを打つ左手だけでなく時間と共に右手も重たくなり下がってしまう。ガードをしているつもりでもほぼノーガードと同じ状態になる。相手のパンチが徐々に顔に当たりだす。

たった1ラウンドしか動いてないのにすでにバテバテになっていた。テレビで見るのと全然違う。グローブがものすごく重い。このままでは2ラウンド目は確実にガス欠だ。スパーリングってこんなに体力を奪われるものなのか。

インターバルを置いて2ラウンド目、周りからの声援に気づく。

ジム内で誰かがスパーリングをしているときに数人が見てくれていることはよくあるが、ジムにいる人たち全員がスパーリングを見ることはあまりない。

しかもプロでもないこんな私のスパーリングなんか普通は誰も見ない。しかしやたらと応援が聞こえる。

どうやら勘違いではなさそうだ。

後から聞いた話だが、ジムのほとんどが私の応援をしていたので、未成年のスパーリング相手の応援もするようにと注意が入ったみたいだ。

下に載せているユーチューブを見ていただけるとわかると思うが、画面の少し左側にいる黒いTシャツを着た人が突然右に走り出し、画面の奥の方で話し合いをしている。注意を受けたのはちょうどこの時だ。

周りの声援は少しずつ大きくなっていき、さっきまで怖がっていた殴り合いが楽しくなっていた。間違いなく周りに勇気づけられている。

「試合ってこんな感覚なんだろうか」

この時、楽しさのあまり少し笑っていたのを今でも覚えている。

しかし楽しいのとは裏腹に、時間とともに動きに切れが無くなっていく。

ガードが下がりクリーンヒットをもらい始める。

完全に相手が優勢。だんだん押されてくる。

打ち返すパンチにも力がない。

早く終わってくれっ!!

「ラスト30秒」

コールが聞こえた

よし!いくぞっ、最後だ!!

力を一気に振り絞って前に出る。この子に技術は完全に負けているけど力を振り絞る根性だけは絶対に負けない。

最後は気持ち。

いきなり押し返されて相手が少し怯んだ。立て直す間を与えないようにどんどん攻める。声援が更に大きくなる。「ゴングが鳴るまで絶対手は止めない」

「ラストや、行け」

「ゴー、ゴー、ゴー、ゴー!!!」

「ナイスや」

「ワンツーや」

「ナイスジャブ」

いろんな声が聞こえてくる。

最後まで手を出し続けた。

その時の動画を下に載せてみた。

青のグローブが私である。

自分が一番好きなスパーリング動画。今でもよく見返すことがある。是非最後まで見ていただきたい。

よくやったとほめてもらえたのがとてもうれしかった。

スパーリングング動画

こんな下手くそなボクシングをしていたが、3年半後、最終的には下のようなボクシングをするようになる。

これは引退試合の1週間前のスパーリング。我ながらよくここまでできたなと思う。

引退試合直前のスパーリング

ボクシング用具の紹介

次回記事「⑧チャンピオン達の練習」

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