ボクサーがプロテストを受けるにはいくつかの条件がある。
まずはプロ登録しているジムからテストを申し込むこと。
アマチュアジムやフィットネスジム、もしくは個人でテストに申し込むことはできない。
私が所属しているグリーンツダボクシングジムはもちろんプロ登録されている。これに関しては問題ない。
しかし健康診断。ここに少し不安があった。
日本ボクシングコミッションに指定されている病院で健康診断を受け、ここで異常が見つかると試験を受けれなくなる。
普通は簡単な検査だけをするのだが、30歳を超えての検査項目にはCTスキャンが追加され、頭の中で出血していないか、血管が詰まっていないかなどを確認する。
私はスパーリングを終えた後、高確率で頭痛があった。衝撃を受けると大なり小なり頭の中で出血が起こっているものらしいが、頭痛があると出血の度合いが高くなっている。
今まで何度頭痛があったか数えきれない。
最近もスパーリングで頭痛があった。頭もボーっとした。
診断結果は直接病院から日本ボクシングコミッションに送られ、選手たちの手元には残らない。
幸い健康診断時は出血や血管の詰まりは無く、殴られても大丈夫な頭と診断してもらえた。
条件はクリアした。テストの受験料も用意した。
着々とテストの準備が整っていく。
そして最後プロテストまでに準備しておくことは。
会長「テストまでにしっかり体重落としとけよ。」
プロテストで一つだけ勘違いしていたことがあった。ボクシングにはフェザー級、ライト級等の階級があり、
テストを受けるときにこれからどの階級で試合をしていくのかを決めるものだと思っていた。
しかし実際はどの階級で戦うかは登録せず、試合の度にお互いの話し合いで階級を決めるみたいだ。なので試合本番のようなきつい減量をして基準の体重まで落とす必要はない。
そもそもテストでは基準の体重なんてものはない。
試験は当日に体重を図り、体重が近い者どおしをスパーリングさせる。
体重が重くなるほど相手の背丈が高くなる可能性があり、身長が高い相手はとても戦い辛い。
試合ではないので殴り倒す必要はなく、判定で勝敗を決めたりはしない。
スパーリングをしているときのディフェンス、オフェンスの技術、プレーに対する積極性などが点数になり、どちらが優位に戦ったかはあまり関係ない。
当たり前だが自分の技術を発揮しやすい相手とスパーリングしたい、よって身長の低い人とスパーリングをする必要がある。
さあ、どのようにして体重を落とすか。
以前、少しの期間だけ体重を落とそうと試みたことがある。王道として炭水化物を抜く方法を取ってみた。
晩御飯から炭水化物を抜くだけだったが、次の日体力が回復せず、ひどい筋肉痛になり少し熱も出た。
減量のまねごとをほんのちょっとしただけで一気に体の調子がおかしくなった。体重を落とすのは本当に難しい。プロ達は本当にすごい、尊敬する。
淡水化物を抜くことはできなかったので、間食をせず食べる量を三食にとどめるだけにした。自分の手作り以外は絶対口にしない。
普段から体脂肪は一桁台だったので体重はなかなか落ちなかった。
1カ月かけて61㎏が60㎏前後になった。
たった1㎏のマイナス。
やはり少し間食を抜いただけでは体重が落ちない。
体脂肪率はおそらく2,3%。
もし試合に出るならここから更に4㎏落とす。体には残り1㎏くらいしか脂肪が無いのにどうやって体重を落とすのだ。
これ以上落とすときっと動けない。60㎏を維持してテストに備えることにした。
テストまでもう少し。本当にここまで来てしまった。
思い返せばつい最近まで将来が真っ暗で、30歳にして人生は終わったと絶望感に包まれていた。
息子と会えないのは本当に苦しい。一緒に暮らしたかった。
期限に迫られた夏休みの宿題を一緒にすることも、拾ってきた猫を飼いたいとせがまれることも、一緒にグランドで競争して足の速さを見せつけてやることもできない。
今もし道端ですれ違ってもきっとお互い気付かない。これが私たちの親子関係である。
同じ境遇にいるお父さんたちはきっといっぱいいる。
いつもそして今でも思っていることがある。
子供に会えない、なのにお金だけを払い続ける、こんなことをいうと子育てにはお金がかかる!!大変さをわかってないと言われる。元妻もその考えだ。「そんな養育費で足りると思っているのか!!」と。
お金くらい払いなさいよ、私は子育てでこんなに大変な思いをしているのよと言いたいのだろう。
どれだけ大変でも決して親権はこちらに譲らない。大きくお金がかかることがわかっているのに親権を手に入れようとする。
お金がかかるとわかってても子供といる方が幸せなのだろう。
幸せではない選択肢がこちらにやってきた。
私も子供と過ごす選択肢を取りたかった。
離婚をすると親権に関しては母親が有利になる。母親が暴力を振るうなど子供の生命を脅かすようなよっぽどの理由がない限り基本的に父親側が親権を手にすることは無い。
法律的には会いに行くことはもちろんできる。しかし法律と実務は違う。
約束の場所があったとして、そこに子供を連れて行かなければいいだけだ。それに対する罰則は無い。
すれ違っても気付くことができない親子関係はこれからも続く。もしかしたら一生。
父親の存在に気付いたとして、息子はどんな感情になるのだろう。
嬉しさ?
憎しみ?
混乱?
全くわからない。
でも自分のことを想い続けていることがわかれば少しでも救われるのではないか。
私はずっと愛していることの証明が欲しかった。
証明を手に入れるための挑戦が自分の精神を正常に保つ方法だった。
私の場合、証明する方法は決して養育費ではない。断言できる。
その証明は嫌々義務として強制されるものではなく、今自分に与えられた環境で積極的に追い求めないと手に入らない。
そのためには生き方を変えなければいけない。
今、人生で一番大きなギャンブルをしている。
一度絶望でふさがれてしまった視界。しゃがみ込んでじっと耐えてたら細々と生き延びることはできただろう。
暗闇を突き進んで再起不能の衝突に遭うかもしれないが、それでも立ち上がって胸を張り歩き続けたかった。
未来は自分で切り開く
そういえば誰かが言っていた、
「おい運命よ、そこをどけ! 今から俺が通る!」
プロテストまであと少し。